小さなプリンが教えてくれたのは、甘さではなく“嘘の後味”だった——。
🌸冷蔵庫のプリンが、視線を集めた夜
仕事から帰ってキッチンの灯りをつけた瞬間、冷蔵庫の中でやけに存在感を放つ黄色いカップが目に入った。
——プリン。
「甘いものは別腹」なんて笑っていた彼の声が、遠い記憶みたいに胸の奥でこぼれる。
でも、その夜の私は笑えなかった。
買った覚えのないブランド、開封済みのフィルム、スプーンの跡は二つぶん。
そして、ラベルの隅に小さく印字された文字。
賞味期限：昨日。
🌸小さな甘さと大きな違和感
プリンなんて些細なこと、そう言い聞かせた。
けれど、些細な違和感は、心のどこかで石みたいに重くなっていく。
最近の彼は、甘いものを「やっぱり太るから」って避けていたはずなのに。
食卓の椅子を引く音がやけに大きくて、冷蔵庫のモーター音が静かな部屋を均等に震わせる。
私の心拍は、その振動に合わせて少しずつ速くなる。
🌸「同僚にもらっただけ」——その一言が喉につかえる
「そのプリン？同僚にもらっただけだよ」
彼は目を逸らして、スマホの画面を指で払う。
だけど、スーパーのレシート入れから見つけた紙片は、確かにこう告げていた。
——高級プリン 2個。
誰のぶんと、誰のぶん？
私の問いは、喉につかえたまま言葉にならなかった。
🌸思い出の中の甘さは、いつのまにか苦味に変わった
私たちがまだ「恋人」だった頃、よく半分こしたプリン。
ひとくち目を譲ってくれた彼の優しさ。
あの頃の甘さは、今の私には、まるで遠い国の味。
🌸生活の端っこに積もる“異物”の気配
歯ブラシが1本増えたかもしれないと思った朝、
バスルームの香りがいつもと違った夜、
洗濯機から見知らぬ髪の毛が出てきた週末——。
どれも決定打にならないけれど、どれも私から眠りを奪うには十分だった。
🌸検索窓に打ち込んだ本音：『冷蔵庫 プリン 不倫』
「こんなワードで検索する人なんて、私くらいだよね」
苦笑しながらも指は止まらない。
『生活の違和感 不倫 サイン』『レシート 2個 意味』『探偵 無料相談 口コミ』——。
画面の向こうから、「ひとりじゃない」という気配が、温かい湯気のように立ちのぼる。
私は深く息を吸って、フォームに状況を書いた。
🌸探偵事務所のドアの向こうは、意外な温度だった
ドラマみたいに薄暗い場所だとばかり思っていた。
でも、そこは明るくて、コーヒーの香りがして、話すための椅子がふかふかだった。
担当の女性は、最後まで私の言葉を遮らなかった。
「小さな違和感の積み重ね、大切にしましょう。
レシート、アプリの履歴、ゴミの日の袋の中身、“二人ぶん”の痕跡。どれも線で繋がる可能性があります」
プリン2個は、やっぱり「誰か」と食べた数なの？
心の中で、甘さの記憶がぱきんと割れた。
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🌸調査1日目：カートに乗る“甘い証拠”
彼の休日出勤のはずだった土曜。
探偵の連絡は冷静だった。
《対象者、郊外スーパーに入店》《デザート棚前で立ち止まり》
《高級プリン、再び2個購入》
添付の静止画は、容赦がない。
スイーツコーナーの柔らかい照明、並ぶ黄色いカップ、商品ラベルの「2個セット割引」表示。
私は画面を拡大して、視界が滲むのを止められなかった。
🌸調査2日目：ショッピングモールと消えた夕方
午後、彼は車でショッピングモールへ。
カフェの窓際、斜め向かいの席には髪の長い女性。
二人分のスプーンが並ぶ写真は、疑問符を一つずつ消していく。
「…プリン、好きなんだね」
自分の声が、少し笑っているのが悔しかった。
笑うのは、私じゃなくて、彼とその人の役目なのに。
🌸調査3日目：ホテルのレシートと小さなスプーン
探偵の報告書に添付された封筒の中から、ホテルラウンジのレシートが出てきた。
——デザートセット×2、スプーン2。
「二人で食べる前提」の文字が、紙の上で静かに主張していた。
写真は時系列で並び、入店、退店、駐車場で見送る仕草、短い抱擁。
目をそらす場所は、どこにもない。
🌸甘いものほど、後味は長く残る
「ただのデザートじゃん」
もし彼がそう言ったら、私はきっと笑ってうなずいただろう。
でも、重ねられた「二人ぶん」の事実は、プリンの甘さよりもずっと濃い。
そして後味は、どこまでも苦い。
🌸対峙：冷蔵庫の前で言葉が凍る
「このプリン、誰と食べたの？」
私の声は、思ったより小さかった。
彼は沈黙したまま、冷蔵庫の取っ手に手をかけて、遠くを見た。
「同僚だよ」「職場で余ったんだ」
重ねられる言い訳は、消費期限切れの言葉みたいに、どれも匂いがした。
私は封筒からレシートを出し、テーブルに置いた。
——高級プリン 2個。
🌸賞味期限が切れていたのは、どっち？
プリンの賞味期限は、昨日。
私たちの関係は、もっと前。
「もう一度やり直そう」「甘いものでも食べに行こう」
その提案が優しいことを、頭ではわかっている。
でも、甘さに戻るには、私の舌はもう、嘘の味を覚えすぎていた。
━━━
🌸事実を知ることは、心を守ること
証拠を手にした夜、私は不思議と眠れた。
涙はあとからいくらでも出せる。
いま必要なのは、落下防止ネットとしての事実だ。
探偵の担当者が言った。
「あなたは間違っていません。小さな違和感を無視しなかった。
それは、自分を大切にするという、一番大きな勇気です」
🌸甘さに負けない、私のこれから
冷蔵庫の中身を整えて、レシートをファイルに挟む。
かつて二人で半分こしたプリンみたいに、これからは私の時間を、
誰かの嘘で半分にされないように。
——もし、あなたも冷蔵庫の前で立ち尽くしているなら。
一緒に、未来の賞味期限を延ばしにいこう。
甘さではなく、誠実さで。
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